デザイン的な美しさから見て、世界にも類例のないほど精錬された造形美だといってよい。
モチーフはもちろん花そのもの、優雅な花のイメージを唐様に描いた唐花菱を中心に据えそれを環状の丸ワクで囲み、さらに太い外ワクでしっかりと包む。
それぞれの曲線美が、楕円を基本とする全体のプロポーションによく調和し均整のとれた華塵さを冷静に定着させている。
ところが、この文様がなにから起こっているのかは、実はよく分からないのだ。
瓜という説、それに「木」がついた胡瓜だという説もある。
しかし胡瓜を包丁で切った断面とは違っている。
木瓜紋の形はふつう、外枠、内枠、中央部の三つに分かれている。
分厚い環状の外枠は花弁のようだが、三葉から八葉まである。内枠は細く、中央部を包んでいる。
中央部は唐草になっているが、ときに桐・四つ目・蔦・蝶などに変えてあるものもみられる。
やや平べったいものを「横木瓜」縦に細長いものを「縦木瓜」と称する、屋根がついているものを「庵木瓜」三つ重ねたものを「三盛り木瓜」と呼ぶなど、形の変化によってさまざま呼称が違う。
戦国武将では越前の朝倉氏が早くから使用しているが、これは朝倉太郎が白い猪を退治したときに源頼朝から賜ったものという。
のちに織田信長が使用して「織田瓜」とよばれた。
織田氏はもと朝倉氏の被官だったから、その縁で朝倉氏から与えられたのかもしれない。
木瓜紋は四弁が普通だが「織田瓜」は五弁なのが特徴になっている。
しかし信長はその紋を人に説明するのに、「敵の首級を三方に載せた血痕だ」などといって相手を煙りに巻いていたという
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